平成29年11月20日(月)に戸破地域振興会の金沢への研修旅行がありました。兼六園を中心に・・
29名の参加で戸破地区の町づくりの参考にならないかと・・規模の違いこそあれ少しでも・・・?やっぱり規模が・・?
戸破・三ケ地区は、もともと加賀百万石の領地であり、旧北陸往還道の宿場町で加賀のお殿様が参勤交代で宿泊した地であります。
金沢を参勤交代で出るときは、何百人もの行列が続いたそうですが・・私たちの小杉の宿場町へは、約10から20人の行列だったそうです(射水市の教育委員会によれば)金沢を出るときの人数だと経費もかかりことから、パフォーマンス的なところもあったようです。そして江戸へ入るとまた、大きな行列になったそうです。(今のアルバイトみたいな人をやとっていたようです。歴史をもう少し詳しく調べれば面白いかも・・
石川県歴史博物館の昔の絵図には、小杉という地名が残っていました。少しうれしく想いました。